どんなことでも「それはなぜ」「どうして」と聞いて相手を困らせるような人間というのは、いつの時代にもいるものでございまして…
なぜなぜ太郎(以下:太郎) 「猫御前さん、どうして生き物を殺しちゃいけないんだい?」
猫御前(以下:猫)「自分より小さな生き物を殺す、ということは自分より大きな生き物から殺される、ということだからですよ。」
太郎「それの何がいけないんだい?」
猫「世界がめちゃくちゃになっていくからですよ。今の世界がそうなんだけれども。」
太郎「どうしてめちゃくちゃになるんだい?」
猫「だって、殺して、殺して誰も残らないじゃないの。」
太郎「いちばん強いやつが残るじゃないかい。」
猫「テニスやボクシングのトーナメント戦ならそれでいいかもしれないよ。でも、実際、たった一人で、一番強い人が残って、その人は生きていけるの?」
太郎「金があれば。」
猫「お金を支払う相手がいないじゃないの。なにか買いたくても、食べたくても、おしゃべりしたくても、誰かと遊びたくても、なにか教えてもらいたくても、お金があっても何の意味もないじゃないの。」
太郎「そうか。人間は必要だな。でも、動物は別なんじゃないのか?」
猫「どうして?」
太郎「だって動物は人間の役に立たないじゃないか。」
猫「人間だって動物の役になんか立たないよ。そればかりか酷いことばかりしている。」
太郎「役に立たないなら仕方ないじゃないか。」
猫「もし、誰かが太郎ちゃんを、役に立たないと言って、いじめたり苦しめたり、殺したりしていいのかい?」
太郎「そりゃあだめだ。でも、動物は…。」
猫「役に立つ動物もいるけれども、それは人間が利用しているだけだもんね。役に立たなかったら生きていてはだめかい?存在が許されないのかい?」
太郎「現実は厳しいからね。」
猫「じゃあ、赤ん坊やしょうがいのある人、年を取って動けない人、読み書きができない人、コミュニケーションが苦手な人、労働力にならない人はみんな必要ないってことかい?」
太郎「訓練すればいいんじゃないか。」
猫「太郎ちゃんは、苦手なことは何でも訓練して、克服できたのかい?」
太郎「なんでもじゃないけど、努力はしたよ。」
猫「ねえ、太郎ちゃん。あなたは男の子だね。あなたは女の子になれるかい?」
太郎「なれないよ。」
猫「努力が足りないんじゃないの?もっとお化粧したり、言葉遣いや身だしなみをきちんとして、女子力を上げるための情報を集めれば、女の子らしくなれるんじゃないのかい?世のなかには女の子らしい男の子もいるんだよ、努力の結果。」
太郎「何が言いたいのさ。」
猫「努力すればなんにでもなれる、っていうのは違うってことさ。太郎ちゃんは太郎ちゃんでしかない。だから、生きている意味があるんだ、っていうこと。他の存在になれないから殺されていい命なんてないんだ、っていうことさ。」
太郎「…じゃあ、おいらはなんのために、行きたくもない学校に行かされて、無理やり勉強させられて、就活して、勝ちぬいて、企業に入って、毎日毎日電車に乗って…。」
猫「太郎ちゃん、苦労したね。でも、太郎ちゃんがそうやって『勝ち抜いて』きたということは、その分誰かが負けたんだよ。その人たちは努力が足りないのかい?生きていてはだめかい?」
太郎「そんなことはないさ。」
猫「太郎ちゃん、休むといいよ。有給だってしっかり取ればいい。サービス残業なんかしたらいけない。そんなに働いたんだ、お金もたまっただろう。仕事を辞めたっていいさ。もうスーツもかばんもいらない。床屋にもクリーニング屋にも行かなくていい。飲みにもゴルフにも行かなくていい。お金はそんなにいらなくなる。好きなことをしなさい。そして、自分を、大切な自分の時間を取り戻すんだよ。」
目が覚めると、なぜなぜ太郎は生まれ変わったような気持ちになっていた。小さいころからいろんなことに興味を持って、一生懸命勉強したり研究したりしてきた。自分で考えるのは好きだったはずなのに、学校や企業にその力を吸い取られてしまっていた。もうそんなのは嫌だ。吸い取られるだけの人生なんて。とりあえず、有給を全部消化しよう。そして、ずっと読みたかった本を読むんだ。スマホばっかりいじってたけど、本は読まなくなっていたな。今日は、日曜日だ。部屋を片付けてみよう。買い物に行くんじゃなくて。なにか見つかるかもしれないから。
語り:猫家知恵蔵
猫家知恵蔵ブログ
http://ameblo.jp/lavenderroom2009/entry-11869148914.html
(この落語は猫家知恵蔵のオリジナル作品です。)